まゆげのゲームレビュー

閃の軌跡レビュー・考察ブログです

【閃の軌跡 シノプシス】レビュー 第7回(最終回) まとめの感想+α<ライターをはじめとした根本的な問題が多い中での唯一の良心はイラスト>

※閃の軌跡シリーズのネタバレおよび悪口が含まれています。
※本記事の読了目安時間は10分前後です(約6600文字)。

 

こんにちは、まゆげと申します。

第7回(最終回)は閃の軌跡シノプシスレビューの総括です。

が、正直シノプシスはほとんど関係ないです。これまでのレビューの流れでは言いきれなかったところを吐き出します。

 

※過去回はこちら。読んでいただいた方がわかりやすいかもしれませんが、別に読まなくても大丈夫です。

第1回導入編 第2回テキスト編  第3回閃Ⅰ編

第4回閃Ⅱ編 第5回閃Ⅲ編  第6回ボス戦編

 

 

閃の軌跡がイマイチだったのは本当にシナリオライターのせいだったのか?

この疑問がシノプシスを読む目的でした。結論はYESです。
シノプシスはこれまでのレビューの通り、クセのある語句選びによる表現力不足、ストーリー上で解消されない問題や謎の多さ、ストーリーで語るべき焦点のブレ、カタルシスを得ることができないボス戦等々多くの問題点が見られました。

そして、このシノプシスを忠実に守って作品が作られています。

元々の設定や文章がある以上、グラフィックや演出、音楽のみでどうにかなる問題でもないような気がします。
シノプシスを書いたライターは恐らく社内でも発言力の強い人なのでしょう。社長もシナリオに関わっているわけですから。そう簡単にはこの状況が変わるわけではないのかもしれません。
 

閃の軌跡Ⅳを改めて振り返ってみる

※2019/01/24修正 『バッドエンド』の表現を『ノーマルエンド』に変更しました。

これまで、私はご都合主義には割と肯定的でした。なぜならハッピーエンドが好きだからで、特に愛着のある主人公が犠牲になるようなエンディングは胸が痛くなってしまいます。アークザラッド2とかペルソナ3とか…
しかし、今回閃の軌跡シリーズにおいてご都合主義とは単なる製作者の怠慢、すなわち創作の放棄になりかねないことを知ったため、諸手を挙げて賛成すべきではないと思うようになりました。


閃Ⅳは、ノーマルエンドで終わるべきだったと今は強く思います。

極めて理不尽で強力な力を持った呪いに対し、なし崩しに巻き込まれ、ろくに対抗策を用意していないリィンたちが対処できるわけがないからです。呪いと心中できるだけでも出来すぎなくらいです。

加えて、呪いの力で生かされていたクロウや、既にご臨終であったミリアムもそれに付き合う、これは納得できます。

ノーマルエンドを見せた、ということは、あれが本来向かうべき結末であることを製作側は理解しているのだと思います。


ではなぜハッピーエンドを真エンド(かどうかはわかりませんが)として用意したのか?という点を考えてみます。

これは、ハッピーエンドが好きな人がいるからでしょう。
これまで、プレイヤーの思いを無視しまくってやりたいように物語を展開してきたはずですが、最後の最後でプレイヤーに媚びた。そう思わずにはいられません。
ハッピーエンド賛成派は多数いますし、私も初回プレイ時はエンディングのイラストもあって、あぁ良かったねとなりました。確かに後味はいいです。

が、本当にこれを描きたかったのでしょうか。
ハッピーエンドに至るまでのフラグは、どういうわけか大地の聖獣と戦うというだけです。これも雑すぎる気がします。超常的な力で解決しただけです。リィンたちのもがきが全く見えませんし、本人たちも理解していません。

マルチエンディングを否定しているわけではありません。

閃Ⅳは、ハッピーエンドに至る道程の描き方があまりにもずさんで、例えば、可能世界の演出であるとしても到底納得できる内容ではありません。

やはり元々本当に見せたいものなどなかったのでしょうか。確固たる意志を感じません。作ったものはごちゃまぜにして全て見せる。といったスタンスなのかなと考えてしまいます。

 

理解できるわけがない内容

国語で100点取るのって難しいじゃないですか。

日本語ですから、勉強しなくてもなんとなく点が取れちゃいそうなのに、やっぱりそうはなりません。言葉はわかっても真意は中々理解できません。
また、話を一度聞いて理解するのってかなり難しいことだと思います。

二回聞くと、わかってるよしつこいなって感じますけど、意外と忘れてしまいます。

理解するには三回は必要だと思うんです。
つまり、物語を理解するのってすごく難しいことだと思うんです。

理解できて6~7割くらいがいいところなのです。


閃の軌跡は、同じ説明を何度もすることがありません。せいぜい二回でしょうか。

バカキャラもいないので登場人物みんながさっさと理解して話が進んでしまいます。

しかも、「幻焔計画とはクロスベルの虚ろなる幻で帝国の焔を呼び起こす」みたいに記号で記号を説明するから何もわかりません。キャラはなるほどな…と頷きますが。

 

FF13も用語が多くて、「ファルシによってルシにされたらコクーンからパルスにパージされる」みたい文章があって、最初は本当にちんぷんかんぷんだったんですけど、説明はしてくれましたから意外と理解はできました。設定があっちいったりこっちいったりしませんでしたし。

 

伝えるべきこと、表現したいことは少なくしてほしいです。次回作はせめて用語集をつけてくれることを強く望みます。

 

絆システムについて

シノプシスとは関係ありませんがせっかくなので。
私は、絆システムは反対派です。いや、友情だけを描くなら反対しませんが、恋愛要素はストーリーで語るべきと思っています。


例えば、ペルソナシリーズで主人公が八方美人のすけこましで許されるのは、主人公が喋らない=プレイヤーの分身であり、セリフはプレイヤーが選択しているからです。

また、(関連作品はあるにしても)ひとつの作品で完結しているため、いわゆる正史(話の続き)を気にする必要がありません。

だからこそ軌跡でいう絆システムが成り立ちます。それでも正直ペルソナもいびつであると感じますが。

 

主人公が喋るゲーム(追体験型)では絆システムなんて破綻するに決まっています。
リィンには明確な人格が与えられているのにも関わらず、プレイヤーの意思を尊重しなくてはならないため、勝手な行動がとれません。

勝手な行動とは、ある特定の女キャラへのアプローチです。

しかし、リィンへの好感度は上げておく必要があります。

それを手助けしたのが、頭を撫でたりする行動です。特別なアプローチとまではいかないため、都合がよい演出だったのかもしれません。元々そういうキャラ付けだったのでしょうけど。
そしてドラマチックに恋に落ちる過程はなく、いつの間にかなぜか女はリィンに惚れているのです。

リィンは、寄せられた好意に対してもやはり勝手な行動はとれないため、気付かない、もしくは応えず、女キャラも求めないというおかしなことになります。
せめて選択肢を出すべきでしたが、そうしなかったのはなぜなんでしょうか。

 

シリーズものであることも絆システムとの相性が悪い要因です。

つまり、人間関係における正史がわからなくなります。早い話、次回作以降でリィンは誰とくっついているのかということです。誰とくっついたとしても、万人の理解を得ることは難しいでしょう。

そして、更にこのシステムのせいで、Ⅶ組の恋愛模様は描くことができません。描いたとしても、リィンに矢印が向いている女性キャラは対象外になってしまいます。

ユーシス×ミリアムだけは例外ですが。 

 

万人の共感・興味が得られるはずの心の機微を描かないのはもったいないですし、キャラ間の恋愛模様は、そのキャラの行動原理にも直結することで、物語にも影響が及ぶ超重要項目のはずなんです。

よって、キャラクターの感情を殺すこのシステムは、物語の質も下げます

ぶっちゃけリィンを好きになれなかったというか嫉妬しているのも大きいかもしれませんが。

 

閃の軌跡はどうあるべきだったか?

ここをこうしたほうが良くなる!で済むのは優れた作品です。
閃は設定から何から見直す必要があるレベルでぐちゃぐちゃの作品だと思うので、どこかを直してどうこうなる話ではありません。それでもいくつか挙げてみます。

 

ひとつは、やはり1本1本の物語を成立させるべきでした。
低評価のレビューに多かったのは、完結しない、話が進まないという点です。
物語が完結しない場合に著しく低評価になるのはゲーム特有な気もします。
やはり作品間のスパンが1年以上空き、かつ不定期であるためでしょう。
ようやく新作が出たかと思えばまさかのぶつ切り。
これは不満にならないほうがおかしいです。
せめて区切りをつけるべきであったと思います。

閃Ⅳでは、帝国編が完結したというだけで評価されています。そこを評価していいのかなとも思うのですが、これまでの反動でしょう。
そう考えるとプラスマイナスゼロ、とまではいかないまでも、日本ファルコムへの打撃も結果的には少なくなっているのかもしれませんが。

 

二つ目は、一つ目に関連しますがストーリーの短縮です。
どの段階でどこまでのストーリーを考えているのかはわかりませんが、この内容で4部作はあまりにも長い。

メインストーリーだけを追うなら水増し部分を削ってもっと短くすることはできたはずです。

Ⅳの終わり方から考えて、閃ストーリーの本当に重要なところを抜き出すと、以下の流れだと思います。

・リィン、灰の騎神を手に入れる
・リィンとクロウが煌魔城で戦う(疑似相克できるか実験)
・神機と戦う(疑似相克できるか実験)
・実験を諦め、諸々の強制力で黄昏が発動してしまう
・相克する

例えば、リィンが灰の騎神を目覚めさせるのは最序盤でもいいくらいです。

エマも起動者を導くために学院に来たのだからもっと能動的に動くべきはずです。

旧校舎が勝手に青白く光らなかったらどうするつもりだったのでしょうか。
ストーリーの短縮とは、つまり登場人数の削減でもあります。

プレOPを見ると、閃Ⅰは33人、閃Ⅱ34人、閃Ⅲ51人、閃Ⅳで48人がメインキャラとして紹介されています。本当にその大人数が必要でしょうか。

その中で本当に重大な役割を持っているのは数人のはずです。

Ⅶ組もせめて6~7人くらいにして、騎神の数も4体くらいで十分じゃないでしょうか。

 

三つ目は、主人公たちにも呪い対策をさせるべきだったと思います。
閃の物語の克服すべき問題の根幹は『呪い』です。

この理不尽な呪いに対してどう立ち向かうが面白いポイントになるはずだったと思うのです。
呪いによって何が起きるかは黒の史書に書かれており、それは絶対起きる、でも起こしちゃやばい、じゃあ起こしたことっぽくすればいいんじゃない? シュタインズゲートの血糊作戦みたいに。
で、それを実行したのはクロチルダ(と結社)の実験だけです。
リィン達はいつもたまたま居ただけです。
目の前で人が転んだから手を貸しただけ。
実は誰か(=呪い)に転ばされた?
じゃあそれらの対策をしよう、とは一度たりともなっていないのです。
せいぜい、何に転ばされているか見極めようって言う程度。

なぜか。
製作者が謎を謎のままギリギリまで引っ張っているからです。

そうしてリィン達(=プレイヤー)は蚊帳の外です。
そもそも黒の史書がサブイベントなんて絶対ありえない。

黒の史書を集めるのがメインストーリーでいいくらいだと思います。

リィンたちが、本当の意味で第3の道を示し、ミルミラージュに参加するでもなく、相克に参加するでもなく呪いに立ち向かったならとても面白くなったと思います。

 

最後、四つ目は、根本的な話です。

製作者は、プレイヤーをどう楽しませるかをまず念頭に置くべきではないでしょうか。

大きなお世話だ、製作者が作りたいものを作って何が悪い、ケチをつけられたからと言ってそれを受け入れる義務などない、という理屈は確かに正しいと思います。

お金払ってソフトを買った時点で契約は成立してますからね。

しかし、そういった正論はひとまず置いておいて。

 

私のものづくりの経験から言うと、作りたいように作ってそれが上手くいく、受け入れられるというのはごく稀、というか無いと言い切っていいと思います。

もちろん、ものづくりの初期の段階として、えいやでたたき台を作るという意味ではアリだと思います。

しかしその先は、必ずすり合わせが必要です。

何かを優先すれば必ず何処かにしわ寄せが来ます。

わかりやすい例がQCD(クオリティ、コスト、デリバリ)で、クリスマスケーキはどんなに立派でも12月26日には売れないっていうやつです。

実際には、もっともっと細かい部分でのトレードオフが連続し、トランプタワーのように性能のバランスを取り続けながら積み上げていく必要があります。

そして必ず判断に迷う場面が訪れます。あちらを立てればこちらが立たずというやつです。その時の判断基準は、最も優先すべきこと、つまりコンセプトであるはずです。

コンセプトは、そのゲームでどのようにプレイヤーに楽しんでもらうかを考えて生まれるはずです。そのコンセプトが不明確であるために、焦点の見えない作品になったのだと思います。

というわけで、閃はとにかくコンセプトが見えないゲームだったので大口を叩かせてもらいました。

 

導力は次回作以降で活きる設定と予想

閃の軌跡マガジンvol.5では、社長インタビューで、マクバーンの融合と導力革命が同時期に起こったことに意味があると言っているそうです。
現段階で、この設定いるの?筆頭の導力がついに日の目をみるのでしょうか。
考察とかあまりしたことはないのですが、してみようと思います。

 

軌跡世界では石油エネルギーとかではなく、導力というスーパーエネルギーを活用しています。

なんと、この導力とはエネルギーが復活することが特徴です。

エネルギーがもとに戻るとは、普通に考えたらありえません。

ボールの落下を考えると、位置エネルギーは、運動エネルギーや熱エネルギーに変換されます。

導力とは、このボールがひとりでに元の高さに戻るようなものです。

さすがにとんでもなさすぎだろ。

しかし、この設定が活かされている場面は見たことがありません。
じゃあこの設定いるの?ってなっていたのですが、導力が伏線である可能性が出てきました。

それが冒頭のインタビューです。
私は、導力エネルギーとは、エネルギーがもとに戻るように見えている、と推測します。

導力は実は無限のエネルギーではなく、外の世界のエネルギーを吸収していたというなら辻褄があいます。

外の世界とはマクバーンさんがいた世界です。

マクバーンの世界は導力革命によって滅んだのです。
さらに外の世界っていうのはマクバーンさん世界の他にも複数あって、ゼムリアは今なお他の世界のエネルギーを吸収し続けています。

資源泥棒であるゼムリアに報復を誓う異世界人。エネルギー問題の行方やいかに…。

 

イラストレーターさんの功績

閃は、キャラクター人気が高いような気がします。
私も閃のキャラデザは好きです。個人的には、もっとアクを強してくれたらなお好みですが。


どんな作品も、設定とかストーリーって、実は結構どうでもよかったりして、行き着くところはキャラの魅力なのかなと思います。もちろんキャラの背景があってこそではありますが。

いわゆる内輪受けみたいな状態に持っていくことが理想ではないでしょうか。
友達がするモノマネなら似ていなくても面白い、みたいなもので、キャラに愛着が持てれば日常会話だけで楽しめてしまいます。

あれだけつまらないセリフ回しにも関わらず人気がある。
これはキャラデザに救われているのでしょう。

ゲーム中でも、メニュー画面や崩しの時のカットイン、Sクラフトの一枚絵、エンディングのイラストなどどれも素晴らしいものでした。
そう考えると、物語に入り込む入口として、ヴィジュアルの力は偉大だなと感じ、日本ファルコムのイラストレーターさんの功績はとても大きいなと思うのです。

 

終わりに

というわけで長きにわたるシノプシスレビューはこれで以上になります。

どの回も冗長な文章になってしまいました。

閃は作ったもの全部見せすぎと言いましたが完全にブーメランでした。
内容の取捨選択って難しいですね。

レビューの仕方も何となく方向性が見えてきたものの、まだまだ手探りです。
もっと精進していきたいと思います。
それでは、お付き合いいただきありがとうございました。